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モルモン書 — 文化遺物か、策略か? 1993年2月、 BYU で催された、
生命、宇宙そしてその他全てについての
シンポジウムで発表されたスピーチより引用 モルモン書は私の人生において最も重要な本です。エマ・マー・ピーターソン作の児童向けバージョンに始まり、それは私が一番始めに読んだ本の一つと記憶しています。その白黒の挿絵は、
白黒のイラストのあるべき姿として未だに私の中に残っています。モルモン書自体を読める歳になってから、何回も何回もそれを読みました。 これは私の文体にも現れています。どうして私の文のほとんどが「そして、それから、しかし」で始まっているのか不思議に思った人がいるならば、モルモン書の「そして〜した。」を思い出していただければ、それがどこから来たかは理解いただけると思います。ご覧の通り、ある文章が重要なものであれば、私は本能的にそれを接続詞で始めなくてはと感じるのです。 しかし、その影響は文のスタイルより、遥かに深いところにあります。モルモン書のおかげで私はBYUに導かれました。私の高校時代の成績はとてもよかったので、希望すればどの大学へでも行けたのですが、私は
BYUにだけ入学志望を出しました。なぜならば、私は当初考古学者になり、モルモン書の研究をしたかったからです。私にとって、モルモン書を、実際に世界で起こった事項をたずさえた古代文書として真剣に取り扱わない学校に行くメリットは全くなかった訳です。 後に考古学の仕事は予想以上に大変なものだと分かってあきらめてからも、モルモン書は私の人生を変え続けました。モルモン書の中のイベントを演劇化したものを見に行った時、私はBYU演劇学部の生徒でした。観客席に座り、「あっ焦点がずれている、ここで最も重要な所が彼女には見えていない。」と思いました。そして、同じ箇所の演劇を私のバージョンで書きたいという思いに駆られ、出来上がったのが、BYUのアリーナシアターでチャールズ・ウィトマンの指揮により上演された私の劇作第一号『背教』です。あの演劇が私の作家としてのキャリアの出発点でした。 以降の私のBYU生活は執筆活動の半分をモルモン書内の他のイベントを劇化する事に費やされました。BYU卒業後何年も経ってから、私はモルモン書の最初の6作のアニメバージョンをリビングスクリプチャーズ社の為に作りました。そして、数年前、ブラザレン社よりヒルクモラ・ペイジェントを書き換えるよう依頼を受けました。彼らは既存のスクリプトを全く無視し、モルモン書に還り、
この本の本来の最も重要な点を表す、明確で理路整然としたストーリーを
非教会員観客の為に、表現してほしいというものでした。私は長い間この本を探求し、分析し、ドラマ化してきました。 ですから、私にとっては、私が『地球の記憶』 『
地球の呼び声』 『The Ships of Earth』の『Homecoming
ホームカミング』シリーズを書くのもまさしく自然の成り行きと思えるのです。これらの本はまさにモルモン書を劇化したものです、ただ、サイエンスフィクションの設定にする事で、直接のドラマ化では不可能な登場人物や社会の謎の究明を自由にできるというだけです。 モルモン書の部分的な要素は私のほかの本にも現れています。例えば『赤い予言者』のティピーカヌーでの集団殺人は明らかにモルモン書から取られています。時には私のモルモン書への依存は無意識のうちに起こります。マイケル・コリングズが指摘するまで全く気がつかなかったのですが、私の最初の小説『神の熱い眠り』の中頃に出てくるナレーションなどはまさしくニーファイの小さい版より取り出された本のナレーションを思い出させます。 簡単に言えば、私は何回も、何回も、モルモン書を探求し、その井戸から水を汲み続けました。しかしながら、どれだけ水を汲み取ってもその井戸は満ち満ちています。 モルモン書とは何か? モルモン書には、それがこの世に現れるまでの経過の解説があります。ジョセフ・スミスはどのようにしてこの本を手にしたかを私たちに語りました。あなたもそのお話を知っています。一晩のうちに天使が3回も彼の寝室を訪れたのです。その後、彼が柵をのぼろうとしていたときに再度現れました。なんとしつこい天使でしょうか! 天使の指示に従い、ジョセフ・スミスは近所の丘へ行き、古代文明の文化遺物—彼の知らない言語が書かれている金版—を掘り出したのです。 4年間毎年その丘を訪れた後、ジョセフ・スミスはその版を手に入れ、特別な道具を使って、記述者にその本の言葉を書き取らせる方法で翻訳を始めて行きました。その翻訳のプロセスに関する証人も、翻訳に関わった人々の証言もあります。3人の証言者は天使からその版を見せられ、その本の神聖な特質についても証言しています。他の8人の証人は実際に版を手にしてそれが本当に存在した事を証言しています。 予言者は翻訳した後その版を天使モロナイに返しました。ですから、その版は今私たちには見る事ができません。 ジョセフ・スミスの説明は真実であるかそうでないかしかありません。その版を見たという証言者達は嘘をついているかそうでないかのどちらかなのです。 もし彼の説明が真実であれば、モルモン書はその趣旨通り—古代著者により書かれた古代人の記録—であり、ジョセフ・スミスの役割は、モルモン書を私たちが読めるように与えてくれた翻訳者外の何者でもありません。ですから、翻訳者の、つまり1820年代のアメリカ人の影響を、その本の中に見いだせるはずです。つまり、言葉の選択が意識的にもしくは無意識に、モルモン書の中の出来事を、彼自身や当時のアメリカ人が理解できるように、
本中に見られるアイデアを当時存在したであろうコンセプトに当てはめながら、できるだけ明確な言葉使いで表されていたはずです。 または、彼が解説したようにモルモン書を受け取っていなかったとすると、誰かが1829年代のアメリカ合衆国でこの本を作ったという事になります。この場合、この本はフィクションで、
著者としてジョセフ・スミスまたは誰か他の人の影響が見られるはずです。この場合、この本にあるアイデアや出来事は全て1820年代のアメリカ人の思考から出て来たものであるはずで、1820年代のアメリカ人が古代記録として発表しようとして偽造するときにするであろう様な事が全面にわたって出ているはずです。 聖典・・・ さて、もし、モルモン書が聖典であれば、誰がかいたのでしょうか。最初の部分はニーファイという男性によって書かれています。おそらく老年になって、人生を振り返りながら、自分の子孫にどうして彼らは神に選ばれた民であるのかを書いたのでしょう。度重なる彼の兄弟の子孫との戦争の記録の中に、彼の民の正当さと敵の罪悪性が多分に
編み込まれているはずです。これはどう見ても、部分的な歴史書でもなければ、自伝書でもありません。それはとても選択的です、なぜなら、それは神が彼と彼の家族とどのような関係にあるかを示すように作られています。それには彼のお気に入りの聖典と彼にとって一番大切な事項についてのコメントが含まれています。彼は明確な、記録上にも現されている、選択された読み手があります。 次に出てくる著者はニーファイの弟ヤコブですが、彼はエルサレムの記憶は全くなく、その市の文化との関連もあまりありません。彼は兄ニーファイにつく熱心な使途であり、当時の民衆に向かって書いており、そして彼も未来の人類にとっての聖典の重要性を認識していました。 そしてヤコブの息子、イノスが自分の証を述べるのですが、ここで彼はヤコブと同じような、その文化の先生かつ指導者的な立場をとってはいません。その後、ジャロム、オムナイ、その他と、時には一節だけと著しく短い記述で数人の著者が続きます。これらの著者はマイナーで、弱く、
影響力もあまりありません。
この古代歴史書を受け取るにふさわしいと、彼なりに考えた王に彼の記録を渡す事を、正当化する記述をした最後の著者に至るまで、量にしてはほとんど無いも同然の少ないものです。 ところが、これ自体、ジョセフ・スミスの文化には存在しなかった事です。1820年代のアメリカ文化では、古代歴史書を王に渡す事はしません。王と古代歴史書とは全く関連がないからです。ジョセフ・スミスの自らの行動、つまり、翻訳作業におけるマーティン・ハリスの援助を引き続き必要としたジョセフは、ハリスを王、大統領、もしくは誰か政治的な指導者にではなく、学者に会うように勧めたのが、よい例です。 その次に出てくる著者はモルモン書の大半を占める著者、モルモンです。 彼は、若いときから軍隊のリーダーである大佐であり、戦いの男、そして神の勇士でした。文中にはその反映が見られるはずです。彼は自分の民が崩れ、滅びていくのを目の当たりにし、国が滅びてしまうまでに及んだいきさつを、思いめぐらせていたに違いありません。人生の大半、彼の意思とは反対に、彼は自分の民に説教をする事を許されてはいませんでした。そのかわりに、彼は多大の時間を古代歴史書の収集および要約に費やしました。しかしながら、その著書はおそらく彼の説教をしたいという欲望を反映することでしょう。 モルモンの言葉からモルモン自信の書に至るまで、彼は古代歴史書、予言、自伝、その他の人々による説教を要約しました。あなたは彼の著書の中に、その短縮および要約した他の人々の記録を見るでしょう。そして同時に、その中に“彼ら”の態度や思いをそれぞれの本の中に見いだすはずです。 加えて、彼が手を加えずに載せた記録を書いた人々の声、もしくは少なくとも彼らの言った事を書いたはずの声が聞こえるでしょう。何が本に含まれているかを見るときに、彼の優先順位と関心点を見つける事ができます。 そして、私たちはモルモンの息子である著者モロナイに出会います。彼の記述量は少ないですが、彼は列記とした予言者であり、軍の総督でもありました。彼は父の仕事を手伝い、実にモルモンの名祖となる本を仕上げたのです。もしかしたら、私たちは彼の声に、ここそこで知らないうちに出会っているかもしれません。彼は父親の死後、一人で記述を続けました。そしてこの本は、ほとんど私たちの時代まで見通した彼の証で締めくくられます。そして、彼が、復活した後ジョセフ・スミスを版に導く為に現れた人なのです。 もう一人とても大切な著者、エテルがいますが、モロナイによって要約されたものしか私たちの手元にはありません。基のエテルの書も、実はモルモン書の他の部分の時代の文化とは全く関係のない、もっと以前の古代歴史書の要約および短縮でありました。エテル、モロナイ、そしてジョセフ・スミスの三人の知覚と影響という三枚のフィルターを通してはいますが、当時の文化の跡を見つけられるはずです。 ここで取り上げているのはとても複雑な文化遺物です。 もしモルモン書が聖典であるならば、これらの人々はその本の著者になります。 ・・・それとも詐欺 もしモルモン書が文学であれば、1820年代のアメリカ人、おそらくジョセフ・スミスが、少なくとも3つの違った文化—その中の全てが、50年目の開拓時代のアメリカとは全く違ったーを反映させながら、本に登場する人物によって書かれた様私たちを信じさせる為に偽造したと考えられます。 ここで私がお話しするのは、モルモン書の偽造についてです。なぜなら、偽造に限りなく似た事こそ、私達サイエンスフィクション作者がする事だからです。しかしながら、ほとんどの場合、私たちは他文化の書物を書くようなまねはしません。そのかわり、アメリカのサイエンスフィクション作家は、20世紀のアメリカ人が20世紀のアメリカについて書いている事を明確にします。しかしながら、時にはサイエンスフィクションもしくはファンタジー作家が他文化から来た様に趣旨した作品を書く事があります。その原文がその他文化からとって書かれているように見せているか否かに関わらず、ほとんどのサイエンスフィクション作家は、まだ誰も見た事のない、歴史上初めての文化を作品内で提示します。私たちは架空の土地、架空の文化について書きます。もし、モルモン書がフィクションなら、ジョセフ・スミスまたは他の誰かが同じ事をしたに違いありません、つまり、誰も見た事の無い架空の文化を作り上げたに違いないのです。 他文化の遺物を趣旨する様に書く事ほど複雑で、難しいサイエンスフィクションはありません。なぜならば、それは慣れないものについて書くだけではなく、書いている内容自体も慣れないものだからです。そして、一人ならともかく、修辞学上違ったスタンスに立つ複数のナレーターを抱えるとなると、これはとてつもなく難しいことです。彼らそれぞれの視点も違うでしょうし、性格も違うでしょう、それに、時の流れに従って、文化も変わってくるはずです。ですから、同じ文化でも、始めの著者と終わりの著者では、何か違いがあるはずです。 ですから、ここで挙げているのはほとんど試みられる事のない、ましてや、著者が普通の記録書として世に出そうとするような場合では、まず試みられる事の無いプロジェクトなのです。私たちの様にサイエンスフィクションを書くものでさえ、『フィクション』という文字を表紙に載せて出版する事はありません。作家の名前を表紙に載せ、自分たちの発明能力に対する評価を我がものにしようとします。この物語は『見つけたものだ』などと言うような事はまずしません。 しかしながら、この判例はあります。1760年代に、古代ケルト詩集を発見し、翻訳したと自称する、ジェイムス・マックファーソンによってスコットランドの詩人オッサンが発見されました。彼の作品は当時の人々に、列記とした古代書物として受け止められました。当時は、特にイギリス、アイルランド地方に源をおく古代書物を発掘するという考えが、大変好まれた時代でした。それは新しい作品は古い作品ほど人々の尊敬を得る事はなかった時代だったので、もし新しい作品を古い作品と偽って世に出す事ができるならば、より多くの人々の注目を浴びる事ができたのです。マックファーソンはそんなに優れた詩人ではありませんでした。しかし、オッサンは彼よりも以前つまり文化の遅れた時代の人だったので、それを考慮すると、彼の詩は当時に書かれたにしてはかなり洗練されたものだったのです。 マックファーソンは当時の人々が、古代ケルト詩がこうであってほしいと願っていたまさにそのものを作り出したのです。ところが、同時にそれはとても話にならないほど間違ったものでした。ほんの短い間にその嘘が暴かれました。ほとんどの人々がマックファーソンを信じましたが、サムエル・ジョンソンは生涯にわたってマックファーソンを偽造罪で非難しました。そして、マックファーソンは偽造罪を論駁する事はしませんでしたが、同時にその詩集の原本を提供する事もしませんでした。しかしながら、彼は1796年に死去するまで、議会の一員としての座を保ち続けました。もちろん現代ならば報道陣はジョンソンの起訴をとり讃え上げ、マックファーソンを早死にするほど心配させた事でしょう。しかし当時はもっと注意深い時代でした。 しかしながら、今日オッサンの作品を見ると、それは明らかに18世紀のイギリス人の作品である事が分かります。それは古代スコットランド作家からは、どう考えても出てくる事のないものでした。それは明らかに嘘であり、基本的に無学な時代の人々をかろうじて騙せる程度のものでした。 文化的混乱 もしそれが詐欺であるとすれば、ジョセフ・スミスのプロジェクトはマックファーソンのそれに比べると、とてつもなく野心的なものでした。作品は遥かに長く、複数の著者による長期の作品でした。皆さん、これはまさしく崖から飛び降りるようなものです。彼の作品は今日の人々にとってみれば各ページに詐欺である証拠があふれているはずです。なぜならば、どんなに注意深い語り手でも、自分の本性や住んでいる社会等をどこかでうっかり白状してしまうものだからです。どんなに気をつけて努力しても、どんなに知識のある学者であっても、もし自分の文化意外のものについて書くとき、無意識のうちにする全ての決断において、自分がその文化内の者でないという証拠を見せてしまいます。それでありながら、本人は自分の想像範囲外の思考が無いので、偽造の証拠を見せている事すら気がつきません。 優秀なサイエンスフィクション作家でさえ、このような間違いはおかしますが、それ以上うまくできるはずが無い事を知っているので、読者はそれを許します。彼らは、ただ多文化の記録を翻訳しているようなふりはしません。彼らの探しているのは読者であって、信者ではないのです。 サイエンスフィクションは、それが書かれた世代が一目で分かります。それは誰にでもできる事です。言葉の習慣一つをとってみてもそれがよくわかります。1950年代に見られる著作スタイルは1960年代以降のサイエンスフィクション界のそれと全く異なります。ウイリアム・ギブソン以降の著者はたいてい『Newromancer ニューロマンサー』によって影響を受けています。聴衆に受け入れられた語り聞かせのモードの変化によって、その時代時代の影響を目にする事ができるのです。 さらに、私たちは近代の事項について先入観を見つける事ができます。1950年代のサイエンスフィクションは共産政府やナチへの恐怖を反映している要素が数あります。1960−70年代になると、反文化グループの言及や、自由主義が力強く頭を持ち上げ始め、
ドラッグカルチャーの反映、そして
以前には全く見られなかった関心事や価値観が見えてきます。 サイエンスフィクションでは、科学的知識も時代が変わるにつれて変化します。今では、金星の空気を吸ったりする事を書く人は誰もいません。 そして最も大切な事は、文化から来る先入観です。少しここでサイエンスフィクションから足を踏み出してみましょう。『アイ・ラブ・ルーシー』の古いエピソードを見た事のある人はいますか。あの番組の中の夫と妻の(全般的な男女間における)関係には
少なくとも私は大変な不快感を与えられます。実は、あれは50年代においても大変不快なものでした。子供ながらに、私はルーシーが好きではありませんでした。なぜなら間彼女はとてもバカだからです。また、彼女の夫も好きにはなれませんでした、なぜなら、彼は妻をろくでなしのように扱ったからです。しかし、当時その番組がその事で話題にされなかった事から見ても、明らかに、私は妻と夫の関係において、当時の大半のアメリカ文化とは違った見解を持っていました。 しかしながら、『奥様は魔女』位まで、最近の番組の中ではフェミニスト活動以前の、許しがたい習慣の跡が見られますが、作品を書いている50−60年代の著者たちは、自分たちの作品の中に、当時特有の文化があふれている事には毛頭築いていないのです。彼らは70年代以降の読者も、彼らの作品の内容が理解できるように、女性の扱い方を変えるべきである事は、毛頭思いもつかなかったのです。男女間の関係がまさか当時のそれから変化するとは、彼らは夢にも思わなかったのです。アメリカの黒人と白人関係が登場する1930−40年代のフィクションにも同じ様な傾向が見られます。いくら、当時リベラルで開けた思考を持ち、忍耐強く、反人種差別を信じる人であっても、今日のフィクションでは、考えられない様な態度と社会的役割に黒人をおきました。30−40年代の作品を読むときに、作者が全く軽率に、悪気のない方法で、黒人を『彼らの位置』に置いているのは、一目瞭然で分かります。当時は白人が黒人を知的にも社会的にも対等に扱う時代がくるとは、思いもつかなかったのです。そして、黒人が白人と結婚をし、その後、人々に受け入れられるという事は最もリベラルな人々の間でも考えもできない事でした。 今日に置いても、私たちは疑問すら抱こうとも思いつかない様な先入観を持っています。例えば、資産の所有権は時代の流れによって変わりやすいものなのですが、それにも関わらず、フィクションの中では、人々は物を所有し、時が経っても所有し続けると想定されています。私たちは死んでからも資産に対する所有権をコントロールする事が出来、それを子孫に残す事が出来るという様な、馬鹿げた想定を持っています。全く持って、なんと言う馬鹿げた観念でしょう。しかしながら、フィクションの中では疑問すらも抱かれてはいません。(もちろん、今私がこうして疑問視したので、あなたはそれについて気に留めるようになるでしょう。しかし、この時点に置いてもあなたたちのいくらかは、資産が他のどのような方法で扱われる可能性があるのかも考えつかないでしょう。あなたは1990年代のアメリカ文化にどっぷりと浸かってしまっていて、教義と誓約を理解する事すら出来なくなっているのです。) 私たちは他の先入観も持っています。例えば、職業はその人のアイデンティティーと関係があるものと想定してしまいます。あなたは誰ですか? 私はエンジニアです。 彼は何ですか? 彼は医者です。多くの他文化においては、このような質問に対して、職業で答えるなど思いもよらない事です。答えはおそらく家族、民族、都市、または役割を反映するでしょう。あなたの職業はあなたにどんな関係があるのでしょうか。 しかしながら、現代のアメリカ人によって作られた作品では、職業が人物を表す最も重要な要素である事を、改めて疑問視する事はまずありません。 私たちには、正式な教育とは何か、それがどれほど必要か、それが何の為なのか、誰がそれを習得するべきなのかという様に、教養についての先入観もあります。私たちは家族関係についてや、人生の中で特別な家族関係がどれほど重要になってくるか、等の推測もします。今日のアメリカでは、フィクションに出てくる重要人物に、直系の家族以外の家族が含まれる事はあまりありません。いとこ?どうしてわざわざお話にいとこが登場する事があるでしょうか。そして、もし祖父母が同居している場合は、普通ではないと扱われ、それについてのコメントがあるはずです。 近代のフィクション作家たちは、それが過去30年の間にいろんな点で多大な変化を遂げているにも関わらず、私たちの文化に存在する基本的な道徳を疑問視する事もありません。他の文化では受け止められていない様な沢山の事柄を、私たちは当たり前のように受け止めています。最近読まれたフィクションの中で、著者が、お互いに好意を持っている二人が、出来る限り早い機会に肉体関係を持つという事を、想定しない様な作品はどれくらいあったでしょうか? そして、もし二人が肉体関係を持たない場合は、大抵が、まだ存在する他の相手にたいする義理からであり、婚姻関係外での性行為に対する道徳的な壁による物では決してありません。 もしこれがサイエンスフィクションであったなら、もしこれが1820年代の文化遺物であったならば、モルモン書も、1950年代のアメリカが『アイ・ラブ・ルーシー』の毎分から溢れ出ているように、似た様な文化的なヒントが、1820年代のアメリカが全てのページに色濃く浮き出ているはずです。 言葉 言語や単語の選択レベルに置いても、もちろん、翻訳書類のモルモン書は純粋にジョセフ・スミスのはずです。それは1820年代の彼レベルの教養を備えた人が、聖典とはこうであろうと思う文体を反映しているはずです。そして、もちろん彼がその本を提供しようとする人々に、聖典として受け入れてもらうならば、予言者がそうでなくてはならないと承知していた通りの、完全なキング・ジェームスバージョンの声の模造を私たちは手にしている訳です。偽物であれ、本物であれ、モルモン書には『それ』が必要です。そして、偽物であれ本物であれ、予言者が正式な古い英語を書こうと試みる過程で、教養のなさがあらわになるはずです。実際の所、数々の文法ミスと古語文型の誤用があり、改訂を重ねた現在のモルモン書に至ってもそれは残っています。 しかしながら、これはそんなに驚くべき事ではありません。なぜならば、それは彼の自然な口語体の声ではないので、翻訳者は間違いを繰り返すのです。このような言葉を使う人は彼の周りには一人としていません。彼はその文法が分からないので、文法的な間違いがかなりあります。デイビッド・ウィットマーの様に、ウリムとトリムから一語一語翻訳文が出て来たと信じる人々はとても幻滅してしまうでしょう。さもなくば、神様がそのような恥ずかしい文法的な間違いをおかした事を責めている事になります。デイビッド・ウィットマーが教会を出たのはこれが究極の原因です。彼は神様が啓示をジョセフに一語一語与えたと信じていたので、ジョセフが事前に与えられた啓示を編集することができるという考えをどうしても飲み込めなかったのです。しかしながら、ウィットマーの翻訳作業に対する視点は間違っていました。インスピレーションの過程がどう行われようとも、ジョセフ・スミスは彼の頭の中に既にある言葉の範囲でしか、それを表す事は出来なかったのです。モルモン書が偽造品であろうと本物の翻訳本であろうと、それはジョセフ・スミスの言語を反映するでしょう。 ですから、言葉自体は1820年代のアメリカ人が理解できる(もしくは誤解できる)、特に1820年代のジョセフ・スミスの教養レベルの言葉が使われています。ある程度、彼の個人的なしゃべり方も反映していますが、全面にわたってではありません。どの翻訳にでもある様に、語彙のパターン、語順、翻訳を生き残った原語独特の慣用語的な表現等が翻訳者の言葉を新しい形や方向に曲げるはずです。ですから、モルモン書の中には慣れない異邦の語彙パターンがジョセフ・スミスの聖典的に聞こえる様に仕上げようとする努力に垣間見える事は予測すべきです。私よりももっと優秀な学者たちが既にジョセフ・スミスの翻訳のこのような要素を探求しましたし、私は自分の専門から離れたエリアないに入っていこうという考えは毛頭ありません。(サイエンスフィクション作家としてこのような事をする場合、私は容赦なく偽造をします。ぞんざいの域を超えて物語の語り手に自分とは異なった語り方をさせる様な努力はこれっぽっちもしません。) しかしながら、言葉とは離れた地点で、作者自身の文化を自白する事なく物語を語る事は、実際のところ不可能と言ってよい程、サイエンスフィクション作家もしくは大変注意深いサイエンスフィクション読者だけが知る所の、困難な部分があります。 アメリカ文化とモルモン書 もしモルモン書が偽物であれば、1820年代のアメリカ人が何をその本の中に入れると予測すべきでしょうか? 失われた民族 一つ必ず推測すべき事は、モルモン書をまだ読んだ事のない人々が、その本が何であるか推測する事と同じ事です。彼らは、それは失われた十部族の本だと推測します、なぜなら、それはジョセフ・スミス時代の文化が絶対に作り出したであろう物だからです。その事について誰もが関心を持っていました。インデアンがイスラエルの失われた部族ではないかという思索がよくされていました。どうしてジョセフ・スミスはその線で行かなかったのでしょうか。どうして1820年代のアメリカ人が、BC600年にユダ王国から誰かが逃げ出したなどと、とんでもない話を作り上げるでしょうか。 それは、失われた十部族が注目の話題であった当時のアメリカの宗教とは、何の関係もないものです。また、それは失われた十部族についての本でもないのです。さらに極めつけが、もしジョセフ・スミスがわざと世論をからかっていたのであれば、本文の中で、これが失われた十部族の本ではない点を書き記しているはずなのです。ところが、このような全ての予想に反して、失われた部族についてはほとんど記されておらず、それは肯定的にも否定的にも本中の物語にはほとんど関係がありません。 女性 もう一つ、1820年代の本で予期するべき事は恋愛についての関心です。これは冗談ではありません。その当時の自伝と歴史は恋愛に焦点が置かれていました。聖書にまで、恋愛物語が沢山書かれています。ルツとボアズ、ヨセフとマリア、アブラムとサライ、イサクとレベッカ、ヤコブとレイチェル、ダビデとバッシバ、ソロモンとシバ女王—そしてジョセフ・スミスの時代には、それらの物語はロマンチックな愛情をとても強調して語られていました。1820年代のアメリカの物語では、女性はとても重要な役割を占めていたのです。近代のフェミニストの内で、当時の女性の役割を承認する人はいないと思いますが、女性は物語中に確かに存在し、話題にも挙げられていたのです。全ての英雄的好意は女性の為になされました。そして、それは良い女性の愛情を勝ち取る為になされたのです。それについてはトルバドールに感謝しなくてはなりません。ジョセフ・スミスの時代にはロマンチックな伝統が生き生きていたのです。 残念ながら、モルモン書の中では女性はほ | |||||||